まどかマギカを見た 3

  • 2012/06/17(日) 08:39:31

まどかマギカの評価、最終回と全体の評価をここでは書いています。
7~11話まではここから。



12話。

まどかの願いとは、全ての宇宙、過去と未来の魔女を
生まれる前に消し去りたい、というものだった。
はい、知ってました(笑)。
でもこれはまどか自身の言葉であるのが良い。
まどかは計算高く願いを利用するような性格ではないから
そんなことをしたらキャラクターと言葉が離れてしまう。
だからこういう普通の言葉で、結果的に上手くいく願いを
言わせたのは自然で良い。
とはいえ、その後のシーンを見ると狙っているとも取れるのが
気になるところではあるが。
あと「さあ、叶えてよ、インキュベーター」のセリフが良かった。

希望を抱くのは間違いだなんて、そんなのは違うと言いたい。
このアニメの結論はこれですよね。

願いによってまどか自身も魔女にならないのと、
特に全てが見えるようになったことでほむらが今までしてきたことも
全てまどかに伝わったところはこの最終回のピークだった。
マミや杏子と会ったのも良かった。
さやかの言葉は、なくなることじゃなく世界が変わる前にさやかの
したことによる結果について話してると考えていいんだよな?

宇宙のルールを書き換えられた世界でも魔法少女は存在している。
これはまどかの願いが魔女を消し去ることだけだったからだろうな。
呪いやゆがみも存在し、そこから生まれる魔獣と戦うようになった。
まあ敵がいないと変身しても意味がないからね(笑)。
キュゥべえは無害になった、というより考えは何も変わってないけど
魔女を生み出すという手段がないから地道にやらざるを得ないのだと
思われる。

ラストシーン。
この風景はイメージみたいなもんだろうな。
まどかが大事に思う世界が滅んでたんじゃ意味がない。
人がいないのに魔獣がいるのも変だしね。
翼が魔女のようになっていることからほむらの消えるときが
来たという解釈を当時見たが、その通りだと思う。
俺が知らずに見て気付けたかなあ。
あるいはこれからも翼の濁りとともに戦い続けるという
意味かもしれないが。

さすがに最終回だから食い入るように見た。
内容も良かったと思う。
まどかは消えてしまったがあらゆる時のあらゆる場所に
存在しているわけだし、ほむらや家族だけは忘れない奇跡が
与えらえた。
魔法少女がいずれ消える運命にあるのは確かに悲しい。
しかしその点さえ除けば当初よりずっと夢と希望を叶える
本来の魔法少女作品に近づくことができた。
よってこれはこの作品における最大限のハッピーエンドである。



さて、全体の評価に入るとしよう。
結論から言うと、最終回は良かったがこれだけの大ヒットに
見合うだけの内容だった回は1話もなかった。
なかなか面白い程度のアニメに過ぎない。

とはいえ俺は先に重要なネタバレを知っているため
あっさり断ずることはできない。
そこで知っているネタバレのところについてもう一度考えると、
まず3話のマミのことは、1話からこの作品は不気味なところが
あるから、あってもそこまでおかしくないことだと思う。
ただ、本当に死んだことにいくらかの驚きがあるのは事実といえる。

魔法少女が魔女になることは、知らなければ「へええ、そうなんだ」と
思ったのは間違いない。
ただ、この手のネタが珍しいものではないことは確認しておきたい。

ほむらが時間を移動する能力を持つこと、先に知ってるから
10話を初見として楽しめないと思ってたけど、
そういや8話の時点で明らかになってた。
それも大々的な感じではなかった。
だから10話の評価を考え直す必要はないな。

最終話はおおむね知っていたが、ハッピーエンドで終わることは
11話の次回予告で予想はつく。
他も実際の会話やシーンを見ていない以上、半分は初めて見るような
感覚だったし、まどかが全てとつながったからほむらのしてくれた
ことを知ったことは非常に良かった。
そこまで考慮に入れる必要はないと思う。


ということで、知っていたことを見直してその分だけ加味した評価を
すると……やっぱりなかなか面白い程度のアニメだよなあ(笑)。

いろいろ凄い凄いって言われてるけど、このアニメの謎は
たいてい「なるほど」と思うものだった。
話の流れなどから言われてみれば納得するものばかりで、
本当の意味での予想外の展開は、6話で杏子ではなくまどかが
さやかの命を危険にさらしたことと、9話で無感情ゆえ結果的に
人をだますと思わせて本当に腹黒かったキュゥべえぐらいしかない。

書いたのを見返すと12話のうち5話は普通の出来だったから
それだけでもある程度の評価はできる。
でも何より、12話の中でなかなか面白い回はあっても
凄く面白い回は一つもなかったんだよね。
これで高評価はどうあってもできない。
ネタバレを知っていることに加えて、続けて見たことにより
次回について考えて自分の中での盛り上がりを膨らませる作業を
しなかったことを評価に入れたうえでも。

絶望な残酷さをはらむ展開とやらは、3話で方向性が決まった
瞬間からこっちにも心構えができ、重い系統の作品として
見るわけだから、その先どれだけ重かろうと驚くには値しない。
そもそもこのアニメはそんなに重くないと思う(笑)。
人が死ぬアニメとして見れば普通の内容ですよ。
さやかが魔女になる展開も、杏子が相打ちを選んだのも、
何も大したことじゃない。

話の他の部分を言うと、宇宙と魔法の世界の違和感は
結局溶け込むようなことがなされなかったし、
11話で書いた背景とキュゥべえの反論に加えて
種類の少ないBGMも聞き飽きてたよなあ。
最初の魔法少女は何と戦ったんだろうか。

それにワルプルギスの夜ってつまり何なの?
まどかが浄化したから魔女だったんだろうけど…あ、魔女か。
魔女じゃないですか(笑)。
んん、でもそれが分かるのは最後で、何かも分からないまま
最終決戦が始まったのが疑問の原因なんだろうな。

キャラクターは話を進めるのに必要な部分しか描かれなかった。
ましてや上条と、それと付き合うことになったまどかとさやかの
友達の話なんて結果だけ見たようなもんだった。


ただ、一つ収穫だったのは、実際にまどかを見るまで
脚本の虚淵をもっとくだらない男だと思ってたんだよね。
残虐のための残虐をやって喜ぶような奴だと。

でも実際見てみたらマミが死ぬシーンは配慮されてるのが分かるし
エンディングなんてハッピーエンドだったじゃないですか。
希望を持つことが間違ってるなんて言わせない、と
普通の魔法少女ものにできる限り近づけてて。

だからこの男はキャラクターを残虐に殺してウケ狙いをするような
くだらない奴どころか、本当はずっとまともな感覚の持ち主だった。
逆にこのアニメを見て「虚淵凄い!絶望と残虐の天才!」みたいに
思った奴こそ虚淵のことを理解してないんじゃないだろうか。
そんな偏ったアニメじゃないぞ、これ。

もっとも、まともな内容だったために絵と内容によるギャップを
活かしきれずに終わった部分はあったが。
何の因果だろうな。


蒼樹うめの絵は、それゆえに悪い部分が強調された。

このタッチが持つ表現力の乏しさがもろに出てしまっている。
マミが食われた直後のまどかとさやかの表情も、
初めて杏子と戦ったときのさやかの表情も、
そして最終回でソウルジェムを浄化しに来たまどかが最初の
魔法少女に向けたまなざしも、全てその場面とキャラクターの心理を
表現できてなかった。

そもそもの話として、この蒼樹うめは何が評価されているんだろうか。
デザイナーとしてはプロと呼んでいいなのかもしれないが、
少なくともこの絵自体は雑誌の読者コーナーで見かけても
おかしくないものに見える。
よく見かける「虚淵玄と蒼樹うめの組み合わせで~」みたいな紹介は
それだけ世間に評価されてるということだろうか。
それともただの売り文句やメインスタッフの一人だから
名前を出してるに過ぎないんだろうか。

なんにせよ、この絵はほのぼのとした可愛らしい作品において
力を発揮すると思う。


このように、俺の評価は決して世間ほど高くないわけだが、
すると当然気になるのはなぜこれだけのヒットになったかである。

ぶっちゃけた話、全く理解できなかった(笑)。
言うほど絶望でなければ、毎回凄い終わり方をしてるわけでもない。
思春期という最も痛い時期の人間にとって魅力的であろうことは
間違いないが、それだけで全て説明するのは少しいい加減に思える。

結構考えてそれでも確信を持てるような理由が出てこなかったので
適当に検索していくつかのサイトを眺めてみて、ようやく分かった。

このアニメって背景とかに細かくいくつもの情報を
入れてるんだな。

それを一生懸命調べる奴がいて、ネットに書き込まれて広まり、
次々に予想が立てられて深読みされていく。
深読みは次第に憶測へと形を変え、飛び交うようになる。
それらが作品の実像をどんどん塗り固め、厚みを増す。
そうしてこのアニメにさまざまな謎と深さを持つかのような
イメージが作られたんだ。

要するに、まどかマギカというアニメは
ネットを最大限に利用した作品だったんだろうな。
なかなか面白い程度のアニメを大ブームを起こす名作にまで
作り上げたのは、ほかならぬ視聴者自身だった。

ゆえに、評判ほど面白くないという意見に対して分析や擁護として
使われる「当時に見てこそ面白い」という言い分は正しい。
例えば3話のマミのところは、シーン自体は配慮がなされているのに、
そこをキャプチャして取り上げるブログによって
非常に残虐であるかのようなイメージが植えつけられたわけだしね。

また、当時最終回を見た人間の中に思ったほど凄くなかったと
若干思った人間がいたらしいことにも、それは関わっている。
騒ぎの影響を受けてない俺からすればこの最終回は実に納得のいく、
流れとして正しい結末だったと素直に思えるのだが、
当時の冷静さのない熱気を直接浴びてしまっては、判断力を奪われ
何か凄いことが待ち受けているはずだと錯覚しても無理はない。
これは名作に作り上げられたことによる弊害だろうな。

気づかれないように行う宣伝、いわゆるステマを制作会社が
やっていたらしいけど、効果は抜群だったと思いますよ。
むしろこのアニメだからこそやったとも考えられる。

やれやれ、本当に多くの人間が大いに、
しかも半ば自ら踊らされたものだな。
またオタクはその心理を利用されてしまった。



ふう、思ったことはこれで全部のはず。

過大評価されてるのは見る前から確信してたから、
このアニメと崇めてる奴らを思いっきりコケにしつつ
正当に評価してやろうと張り切ってたんだけど、
いざ見てみると拍子抜けしちゃった(笑)。
あまりに尖ってない内容のせいで(笑)。
内容も正直に言ってそんなに濃くないしね。

まあね、歴史上の人物の中にも魔法少女がいたというネタを
使ったのは良くないけど、でも脚本家はそういうのが
入っておかしくないものを作ろうとしたと思うんだよね。
一般の魔法少女ものを基準にしたうえで
自分の個性を混ぜて作ったというか。
少なくとも批判で聞くような、キャラを駒としてしか
考えられない人間とは感じられなかった。
結果としてそう取れるところはまあ、ありますけどね。

おぉそうだ、そういや俺はこのアニメがブームになったとき
アニメファンは本当に質の低い奴らだと見限ってたんだった。
今は……特にそういう気持ちはないなあ。
たぶん俺にとってファンの質より実際に自分の目で
確かめることの方が大きかったんだろうな。
心の底から拍子抜けしたのが一番大きい気もするけどね(笑)。

オタク系のなかなか面白いアニメでした。
文句なしに褒められるのはマミが変身するとこで流れる曲と
3話以降のEDの2つです。

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